2014koho03
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温故知新庄!?文字を見やすくしました本文にモリサワユニバーサルフォントを使用しています。故きを温ねて新庄を知る平成26年3月10日号(No.675) ■編集・発行/新庄市 総務課 〒996–8501 新庄市沖の町10–37 TEL.0233–22–2111 ■制作・印刷/共栄印刷株式会社 14,000部発行広報03ホームページでさらに詳しい取材記を掲載しています。雪国救済運動 発祥地史蹟碑 この石碑は、「雪は地震・洪水と同じ雪国住民を苦しめる災害である。地震・洪水に対しては、政府は住民救済に当たるが雪害に対して救済の手を差し伸べないのは政治上の不正だ。」と昭和三年、雪の代議士松岡俊三が演説し新庄が雪害救済運動の発祥の地になったことを記念し、松岡の活動を末永く顕彰するために建てられたものです。その運動に最も共鳴したのが新庄の青年たちでした。そして、この雪害運動の最初の成果として「雪害調査機関設置に関する建議案」が帝国議会で可決され、昭和九年に、この場所に「雪害調査所」が建設されます。数多くの地域が誘致合戦を繰り広げましたが、新庄の青年たちの活動の功績もあり、新庄が選ばれました。 国が雪害を認めたことにより、戦後、雪※寒法等が制定され、それにより本市は克雪が進み、無雪都市宣言をするまでに至っています。※昭和31年度「積雪寒冷特別地域における道路交通の確保に関する特別措置法」0かむてん奮闘記

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