2019koho08
9/20

特集 伝統工芸を紡ぐ者たち展示会などで自分の作品に人が触れる瞬間というか、感想を抱いてくれることが何よりも嬉しいです。涌井:確かに感想をもらえた瞬間は「作って良かった」と思えますよね。その意見を自分の作品に取り込んで、さらに良い物が作れるようになりますし。だから、イベントなどにはなるべく出展するようにして、人の声を聞くようにしています。その意見が、褒め言葉でも、悪い意見でも、いずれは自分の力になると思うので。阿部:でも、褒められるのに越したことはないですよ。涌井:それはそうですね(笑)阿部:完成前の作っている最中にも楽しみがあります。特に新しいことを試すときの「どうなるんだろう?」というワクワクが好きです。もちろん失敗することもありますが…。涌井:でも、失敗すること=悪いことではないと思います。挑戦したから失敗することがあるわけで、その失敗は成長の糧になるはずです。それに、失敗を繰り返して成功に辿り着いた瞬間って嬉しくないですか?阿部:それはもちろん!織物は一反織るのに数カ月を必要とするので、苦労が報われる瞬間はすごく嬉しいです。―――どちらも長い歴史を持つ伝統工芸ですが、それを継ごうと思ったのはどうしてですか?阿部:新庄亀綾織は一度途絶えていて、色々な人たちが関わる中でようやくここまで復元できました。それを再び失ってしまうのは勿体ないし、伝統があること自体が街の誇りになると思うので、次世代に残していきたいです。涌井:自分は生まれたときから東山焼という伝統が近くにあって、それがあるから暮らしていける、伝統に生かされていると感じていました。だから伝統への感謝というか、伝統も含めた周囲への恩返しができるようにと考えています。―――伝統を継ぐことはかなりの重圧だと思うのですが……涌井:そうですね。伝統が持つ重みは常に感じています。伝統が続いているのは人々に受け入れられてきたから、つまりは信頼を得てきたからです。それに加えてさまざまな苦労や実績が何年も積み重なってきているわけですから、それらを裏切らないことはとても大切なことで、伝統を継ぐ私たちの責任だと思っています。阿部:伝統工芸は昔ながらの手作りをしているわけで、生産力が決して高くありません。機械化による大量生産「伝統工芸をSPECIAL特別伝統があることの誇り   新庄に「何もない」なんて言わせない新庄亀綾織伝承協会 昭和61年生まれ。神室産業高等学校卒業後、考古学を学ぶために福井県の短大へ通う。社会人になってからは、女性向けの靴(パンプス)などを販売する店に勤めていた。24歳のときに新庄へ帰郷し、歴史と衣服を感じさせる「新庄亀綾織」に偶然出会う。現在は伝承協会の織り手として尽力している。阿部 友香98

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

page 9

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です