201202
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ふれあい 学びあい暮らし、定住、未来創造CHIIKI ZUKURI NEWS 10 新庄大火と大正町 明治時代にも、洪水(明治十二年・最上郡一帯)、干ばつ(同十六年)、地震(同二十七年・酒田大地震)、虫害(ウンカによる稲の被害)、暴風雨(同三十五年)などの災害が少なくなかったが、中でも被害が甚大だったのは、明治四十四年に起きた、新庄市街地の大火であった。 四月二十五日午後一時三十分、新庄町南本町(現在の十字路付近)の木村魚屋の小屋から出火、火は西からの強風にあおられ、たちまち三方に広がった。一方は馬喰町・御おながえまち長柄町に延焼し、一方は南本町の新荘ホテル(現新庄信用金庫駐車場辺)・大泉書店あたりまで、もう一方は新庄停車場通り(現駅前通り)まで延焼した。停車場通りは、停車場・鉄道官舎・巡査派出所を除きすべて焼失という広範囲に及び、午後三時四十分、ようやく鎮火した。 当時の新聞に掲載された被災町内は、南本町・馬喰町・手てだいながや代長屋・名なごやしき子屋敷・紙漉町・停車場通りの六町に及ぶ。この火災により、新庄税務署・新庄銀行・善ぜんしょうじ正寺・白はくさん山神社のほか、土屋・荘内館・柳沼本店・同支店・地域で考える防災NPO法人ディーコレクティブ代表理事 千川原 公彦 南三陸町や気仙沼市のほか、支援者が少ない塩竃市での支援活動を行っていますが、仮設住宅では、一人暮らしのストレスから高齢者が精神的な病気になったり、アルコール依存症が増えている所もあります。震災から九カ月、家族や家を失い、今後どうしたらいいのか分からずにアルコールに依存する人が多いようです。また、仮設住宅の周りが空き缶だらけで食生活が心配な人や、コミュニケーションをとれずに孤独死する人も増えており、その対応も行っています。 阪神淡路大震災のときは、被害者の多くが十五分以内に亡くなったそうです。山形県の防災ヘリは県内を二十分以内でカバーでき、一度に十三名を救助できますが、山形盆地断層帯が活動した場合の被害者は二万人以上と想定されています。公助の限界、自助・共助の必要性が分かると思います。 私は自主防災組織の活動は次の点が重要になると考えています。❶組織整備 地区役員には多くの役割が集中しますので、住民の役割分担も決めておく必要があります。市など他の組織との連絡手段や役割も確認しておくと効果的です。❷防災福祉マップ 危険な箇所と支援を必要とする家庭を示したもので、誰が支援し必要な物は何かを確認します。特に、高齢女性の支援が大事です。❸避難所運営 人・金・物が集まるため、暴力団の介入に気をつける必要があります。泥棒対策も必要ですので、防犯対策班を設けておくのもいいでしょう。❹女性の視点 避難所には、女性の視点が欠けがちです。トイレの汚れから飲食を控えることが病気の原因になったり、下着や生理用品、化粧品の不足も気づきにくいものです。計画段階から女性の意見を取り入れることが大切です。第11号地域づくり通信 昨年12月、御堀端自治会では、各地で被災者支援を実践しているNPO法人のディーコレクティブ代表理事、千川原公彦さんを招いて、被災地の現状や自主防災の必要性などについての研修会を行いました。その内容を紹介します。な人やコミニケシ心配な地域づくりに挑戦!
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