ふるさと歴史センターに隣接する「新庄城二の丸跡」については、令和5年度から発掘調査に取り組んできましたが、この度事業が完了しましたので、その内容についてお知らせします。
1.発掘調査事業に至った経緯
老朽化した中部保育所に代わる「新中部保育所(現 もみの木保育園)」を、最上公園内(新庄ふるさと歴史センター西側、通称あじさい広場)に整備する計画が、令和3年度の基本計画で定められました。
上記建設予定地が新庄城址に隣接する新庄城二の丸跡であることが城絵図等で判明していたことから、令和4年8月に市で試掘調査を実施したところ、江戸時代の遺構と陶磁器・瓦・炭化米などが多数確認され、保存状態も良好であることが判明したため、同年度に埋蔵文化財包蔵地「新庄城二の丸跡」(遺跡番号 205-129)として登録しました。この「新庄城二の丸跡」は保育園の建設工事により遺跡の破壊が避けられないことから、文化財保護法に基づく記録保存のための発掘調査事業を実施することとしました。
調査区概要図
新庄沼田城全景/尾形芦香
赤い部分が二の丸箇所(米や雑穀類等の御蔵屋敷)
2.事業内容
発掘調査の目的は、調査範囲における遺跡の全体像を正確に調査し、正式な調査記録としてまとめることにあります。
また、発掘調査には文化財保護法のもと調査を指揮監督できる人材が必要ですが、市に埋蔵文化財の専門職員がいないため、県の助言により(公財)山形県埋蔵文化財センターへ「発掘調査→出土品整理→報告書刊行」という一連の業務を委託しました。そのため、発掘・分類・報告の全体的な調査(事業)期間として、令和5年度から令和7年度までの3か年計画としました。
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年度 |
期間 |
主な内容 |
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令和5年度 |
令和5年4月1日~ 令和6年3月31日 |
発掘調査(令和5年5月15日~11月14日 約1,800平方メートル) 出土品の基礎整理(洗浄、記録類整理、図面校正)
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令和6年度 |
令和6年4月1日~ 令和7年3月31日 |
遺物の洗浄・注記、接合・復元、実測・拓本、図面トレース 金属製品54点の保存処理、理化学分析(瓦胎土・樹種・炭化米・花粉等)
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令和7年度 |
令和7年4月1日~ 令和8年3月31日 |
実測図・図版の作成、原稿執筆 調査報告書の刊行、出土品・記録類の市への移管
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業務はいずれも(公財)山形県埋蔵文化財センターに委託。
3.発掘調査事業の成果
(1)見つかった遺構 ― 時代の異なる3つの面を確認
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遺構面 |
時代 |
主な遺構(数) |
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第1面 |
近現代 |
旧新庄北高校の校舎建物跡 6棟(コンクリート基礎・根石) |
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第2面 |
幕末 (戊辰戦争で焼失) |
米蔵と考えられる礎石建物跡など 5棟、焼土遺構 3基(炭化材・炭化米を含む)、瓦廃棄遺構 2基、柱穴・土坑・溝 |
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第3面 |
江戸時代前期 (米蔵設置前) |
武家屋敷地に関わる礎石建物跡 1棟・溝状遺構・土坑、落ち込み遺構 3基、瓦と土砂で埋め立てた整地層 2か所(最大厚さ80~90cm) |
(2)発掘調査事業の説明会
新庄城二の丸跡第1回発掘調査説明会
日 時 令和5年8月19日(土曜日)
参加者 53名
内 容 中間報告として、以下の説明を実施
1 遺跡の概要
2 発掘調査の経過
3 確認された遺構と遺物
第1・2面の調査結果を公開
第1面:明治以降の遺構
第2面:二の丸に関係する遺構と戊辰戦争後に瓦等を廃棄した遺構
4 今後の予定

新庄城二の丸跡第2回発掘調査説明会
日 時 令和5年11月3日(金曜日)
参加者 86名
内 容 最終調査結果を公開
1 調査の概要と経過
2 第3面の遺構と遺物
第3面:新庄城築城後に二の丸が整備された遺構

(3)歴史小説家 今村翔吾氏との発掘調査会
日 時 令和5年10月23日(月曜日)
参加者 新庄中学校生徒(1年生)
内 容 江戸時代の整地層の発掘体験
・発掘調査を通して子どもたちに新庄の歴史を肌で感じてもらうため、新庄開府400年記念事業の一環として開催。
・同氏は作家デビュー前に滋賀県守山市立埋蔵文化財センターで埋蔵文化財調査員を務めていたキャリアを持つことから、今回の調査会となった。

(4)出土した遺物 ― 総数 約36,000点(文化財認定 390箱)
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種類 |
点数 |
重量 |
主な内容 |
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瓦 |
27,866 |
約3,891kg |
軒丸瓦(九曜文・巴文)、軒平瓦、鯱瓦、鬼瓦ほか
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近世陶磁器 |
7,126 |
約104kg |
肥前産(伊万里・唐津・波佐見)が主体、瀬戸・美濃、関西系、在地(新庄東山焼)、焼塩壺
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中世陶磁器 |
18 |
約0.5kg |
中国産青磁、珠洲焼など
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近現代陶磁器 |
664 |
約10kg |
学校期の碗・皿など |
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金属製品 |
308 |
約6.5kg |
和釘、鉄砲の鉛玉、銃の部品(撃鉄)、寛永通宝、元禄一分金
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石製品 |
148 |
約21kg |
砥石、硯、碁石など |
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ガラス製品 |
42 |
約0.3kg |
瓶など |
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合計 |
36,172 |
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このほか炭化米(推定 約9,000万粒)、木製品2点 上記遺物を分類・整理し、390箱分の遺物をふるさと歴史センターで保管
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4.発掘調査事業により判明した主な内容
1.幕末の米蔵跡について
戊辰戦争(慶応4年)で焼けた米蔵の礎石と焼土層を検出しました。炭化米は推定約9,000万粒(約14俵分)で、籾の状態で俵に入れて保管され、品種ごとに区分して貯蔵されていた可能性が判明しました(東北では江戸時代の出土米分析例は稀です)。
2.米蔵以前の姿について
米蔵の下から武家屋敷地の跡を確認しました。17世紀後半、二代藩主戸沢正誠による城の改築・整備の頃に、屋敷地を大量の瓦と土砂で埋め立て、米蔵に転換したと考えられます。
3.城の瓦と生産地について
新庄城は本瓦葺で黒瓦が主体となっております。城内の櫓・門に限られる鯱瓦も出土し、城内各所の瓦が集められたとみられます。胎土分析により、市内横前地区の窯との関わりが示されました。
4.城内の暮らしと流通について
遺跡からは16世紀末~19世紀の陶磁器が出土しております。17世紀後半は武家屋敷で使う上質な肥前陶磁器、18世紀以降は波佐見焼など安価な量産品が中心となり、時代による生活と流通の変化が明らかになりました。
発掘結果の詳細については、下記の関連ファイル新庄城二の丸跡発掘調査報告書(PDF)をご参照ください。
このページに関する問い合わせ先
ふるさと歴史センター
郵便番号:996-0085 山形県新庄市堀端町4番74号
電話番号:0233-22-2188
ファクス番号:0233-23-3734




洗浄
注記
接合
復元
出土品保管
発掘調査報告書






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